映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観た人に読んでほしいクイーンの話

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先日、話題の映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観てきました。結論からいうと、Queenを知らない一般の方でも楽しめる素晴らしい作品で、心の底から感動しました。その感動をもう一度味わいたくて、4日後にもう一度観に行ってしまいました。

実は2度目に観に行った際、Queenのことをあまり知らない会社の人も誘ったのですが、彼は映画を観て号泣し、「なんで今までQueenを聴いてこなかったのだろう」と後悔していました。

また、Queen世代ではない若い人たちや、Queenファンの親を持つ子供たちの間でも、映画を観て感動した、学校でも話題になっている、という話をSNS上などで見かけました。会場には高校生や大学生と思われる若い方たちの姿もありました。

もちろんこれはQueenに思い入れのあるファンでも大いに感動できる作品です。特に終盤のライブシーンは、まるで自分が会場やステージにいるかのような気持ちになる、映画ならではの映像の撮り方がされており、熱い気持ちがこみあげてくること必至です。日本語訳にはQueenを長年追いかけ続けてきた音楽評論家の増田勇一さんも監修に入っているので、映画独自の奇妙な翻訳で違和感を覚えるということも一切ありません。

なお一部のQueenファンからは大胆に脚色している部分について批判が出ていました。私もQueenの史実はある程度頭に入っているので、そう言いたくなる気持ちは分からなくもありません。

ただそれでも私自身は「これはドキュメンタリーではなく事実を基にした創作物である」と割り切ることができたので、総じてあまり気になりませんでした。ブライアン・メイが「これは伝記映画ではなくアート作品だ」と言ってるのも、私にとっては自然に受け入れられた後押しになってるかもしれません。

というわけで本作は、私が好きなマーク・ザッカーバーグをモデルにした『ソーシャル・ネットワーク』や、ニキ・ラウダジェームス・ハントをモデルにした『ラッシュ』と同じく、事実に創作を加えた映画の傑作だと思っております。

このように、映画自体には大満足しているのですが、いちQueenファンとしては「映画を観た人にもっと色々なQueenの魅力を知ってほしいなあ」という気持ちが沸き上がってきたのも事実です。

そこで、映画を観た人を主な対象にしつつ、これから観るつもりの人、少し興味があって観ようか迷っている人にも興味を持ってもらえるよう、映画ではあまり描かれなかったQueenにまつわる話をいくつかピックアップしてみました。映画に加えてこの記事を読んで、本格的にQueenの世界にハマる人が一人でも増えればうれしい限りです。

なお、映画のネタバレをかなり含みますので、これから観る予定の方はご注意ください。まだ観てない人のために、予告編動画へのリンクをこちらに張っておきます。

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『ボヘミアン・ラプソディ』予告編 (2018年)

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『ボヘミアン・ラプソディ』予告編 2 (2018年)

またいつものように全体は2万字を超える長文であるため、以下のように内容を分割しています。順番に読む必要はありませんので、好きなところからご覧ください。

  1. Queenの歴史を駆け足で総括
  2. 多彩すぎて模倣不可能な独自性
  3. メンバー全員がヒットメイカー
  4. 日本との繋がり
  5. 数多くのアーティストへの影響
  6. フレディ存命時の最終作『Innuendo』
  7. 盛大な追悼コンサート
  8. Queenとアダム・ランバート

1:Queenの歴史を駆け足で総括

1973年にデビューしたQueenは1995年までに15枚のオリジナルアルバムをリリースし、その活動はフレディ・マーキュリーが亡くなったあとも続いています。

そのためQueenの歴史の全貌を追いかけるのは結構大変なのですが、ここでは映画と史実の違いなどを解説しつつ、初心者でもザックリ把握できるよう、各アルバムの音楽性や制作背景などを掻い摘んでご紹介いたします。

映画にあるように、彼らのデビューは1973年に遡ります。デビューアルバム『Queen』は、その煌びやかなイメージから「遅れてやってきたグラムロックバンド」などと評価されることもありました。ただし音楽性としては、グラムロックというよりは初期Led Zeppelinなどのハードロックに近いものでした。劇中ではフレディ加入後、最初のライブで演奏される"Keep Yourself Alive"が、その音楽的な方向性を象徴しています。

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Queen - Keep Yourself Alive (Official Video)

続く2ndアルバム『Queen II』(1974年)は、オペラをモチーフにした大作です。映画では"Bohemian Rhapsody"で初めてオペラ風の曲に挑戦したように物語が進みますが、ロックとオペラを融合する実験は本作から始まっており、それが曲として結実したのが"Bohemian Rhapsody"である、という実際の流れです。

また、本作には劇中でデビュー作のためにスタジオ演奏されていた"The Seven Seas of Rhye"も収録されています。この曲は別演奏のインストバージョンがデビュー作にも収録されており、彼らにとっては初期のキラーチューンであったと考えられます。

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Queen - Seven Seas Of Rhye (Official Lyric Video)

Queen II』のアルバム全体はホワイトサイドとブラックサイドに分かれた組曲編成となっており、多くの曲の前後が繋がっています。このような編集のため本作収録曲は切り取って紹介しにくく、それ故、この"The Seven Seas of Rhye"以外に一般の人が知ってるような曲がありません。しかしながら、Queenのアルバム人気投票をすると常に『A Night At The Opera』と1、2位を争っている初期の傑作です。本作はイギリスのチャートで5位まで上昇しており、商業的にも成功し、Queenの名を知らしめた作品でもあります。

3rd アルバム『Sheer Heart Attack』(1974年)には、劇中ではテレビ番組出演時に口パクで演奏していた"Killer Queen"、同じく劇中では"Bohemian Rhapsody"ヒット後に演奏されていた"Now I'm Here"が含まれています。ここでは『Queen II』の大作主義は鳴りを潜め、コンパクトな曲の作品集になりました。

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Queen - Killer Queen (Top Of The Pops, 1974)

続く4thアルバム『A Night At The Opera』(1975年)は、映画でも大々的に取り扱われていたいわゆる「オペラ座の夜」です。映画ではなんとなく2ndアルバムのように感じられる流れで登場しましたが、実際には4枚目のアルバムとなります。ここで再びオペラをテーマにしたコンセプトに立ち返り、映画で描かれた通り、名曲"Bohemian Rhapsody"が生まれます。

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Queen - Bohemian Rhapsody (Official Video)

映画の中にもあるように、6分もある"Bohemian Rhapsody"は常識外れのシングルでしたが、イギリスのシングルチャートで9週連続のNo.1を記録しました。またMTVがまだないこの時代にミュージックビデオを作っており、これはミュージックビデオの先駆けとも言われています。

ただ『A Night At The Opera』全体でいえば、このような6分を超えるような大作ナンバーは他には”The Prophet’s Song”くらいで、劇中でも演奏された”Love Of My Life”の他、会話の中で出てきた”I’m In Love With My Car”や”You’re My Best Friend”のような3~4分程度の曲が大半を占めています。

5thアルバム『A Day At The Race』(1976年)には、映画のオープニングでも使われていた"Somebody To Love"が含まれます。

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Queen - Somebody To Love (Official Video)

ジャケットを見ると『A Night At The Opera』の続編のように見えますが、内容自体にそれほど連続性があるわけではなく、音楽的な方向性はむしろ『Sheer Heart Attack』のようなコンパクトな楽曲集に戻っています。そんな本作の中で大作っぽいといえばワルツと融合した"The Millionaire Waltz"くらいでしょうか。ちなみに私はこの"The Millionaire Waltz"が"Bohemian Rhapsody"と同じくらい好きです。これ以降、5分を超える大作ナンバーはほとんど作らなくなり、オペラティックな印象も薄れていきます。

劇中では、観客とのコミュニケーションをヒントに1980年頃に作られたとされている"We Will Rock You"は、6thアルバム『News Of The World』(1977年)収録曲です。この曲にはライブだけで演奏されたファストバージョンも存在し、ライブアルバム『Live Killers』(1979年)などで聴くことができます。

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Queen - We Will Rock You (Official Video)

なお、1977年のイギリスといえばSex Pistolsが登場してパンクの嵐が吹き荒れ、それとは対象的なハードロックやプログレッシブロックといった複雑で演出がかったロックが一気にオールドウェーブに追いやられた年ですが、そんな時代に"We Are The Champions"のような大仰なロックナンバーを収録しているのが、我が道を行くQueenらしく、微笑ましくもあります。

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Queen - We Are The Champions (Official Video)

ちなみにSex PistolsQueenが欠席したテレビ番組の代役で登場して一躍有名になり、さらには同じEMI所属ということで、ロックバンドとしての音楽性・精神性は真逆の存在ながら、因縁浅からずな関係でもありました。実際にスタジオで鉢合わし、メンバー同士が接触することもあったそうですが、音楽性もポリシーも真逆の彼らは当然のように相性が悪く、犬猿の仲であったとも伝えられます。

映画の中では最初のアメリカツアーで演奏されていた"Fat Bottomed Girls"は、7thアルバム『Jazz』(1978年)の収録曲です。本作には自転車のベルが印象的な"Bicycle Race"や、映画のエンドロールで流れた日本でも人気の"Don't Stop Me Now"が収録されています。

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Queen - Don't Stop Me Now (Official Video)

全体的にアメリカ市場向けに作り、事実アメリカで最大のヒット作となった8thアルバム『The Game』(1980年)には、劇中にあるようにバンド内でも賛否を招いたQueen流ディスコナンバー"Another One Bites The Dust"が収録されています。

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Queen - Another One Bites the Dust (Official Video)

この曲は一説には当時人気があったディスコバンドChicの"Good Times"に影響を受けて作られたと言われていますが、確かにベースラインがそっくりです。

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Chic - Good Times (Atlantic Records 1979)

また本作収録の60年代のロックンロールを意識した"Crazy Little Thing Called Love"も全米No.1の大ヒットを記録しました。

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Queen - Crazy Little Thing Called Love (Official Video)

そして映画のサントラである9thアルバム『Flash Gordon』(1980年)を挟み、アメリカでの地盤を固めようと、Queen流ディスコ/ファンク路線の曲を多く含む10thアルバム『Hot Space』(1982年)をリリースしますが、これが商業的には失敗します。個人的にはそんなに悪い出来とは思わないのですが、新しいQueenファンを獲得できず、旧来のQueenファンには不評を買い、80年代において彼らの人気が下がる一つの要因になりました。なお、本作には劇中でも一部が使われたデヴィッド・ボウイとの共作曲"Under Pressure"が含まれています。

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Queen - Under Pressure (Official Video)

『Hot Space』の不振など様々な要因でメンバーに不穏な空気が流れる中、11thアルバム『The Works』(1984年)で、80年代らしいシンセを使いながらも、『The Game』以前の路線に回帰します。本作には劇中のライブエイドでも披露された"Radio Ga Ga"や"Hammer To Fall"、メンバー全員で女装したPVが印象的な"I Want To Break Free"が収録されています。

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Queen - Radio Ga Ga (Official Video)

なお、劇中でI Want To Break Free"の女装PVがMTVで放送禁止になったと描かれており、これは事実ですが、それ以前に『Hot Space』収録の"Body Language"も放送禁止になっています。また、"I Want To Break Free"は自由の賛歌として、特に途上国を中心にヒットしました。

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Queen - I Want To Break Free (Official Video)

この頃のQueenは、アメリカでの人気は大きく低迷し、日本での注目度も下がっていた時期ですが、一方でその人気が世界に拡がっていった時期でもあります。また、ライブバンドとしてはこの頃にピークを迎えており、南米やアフリカ大陸を含め、世界中で大規模なライブを行なっていました。劇中では、長いブランクの後に1985年7月13日のライブエイドがあるように描かれますが、解散が噂されるほど険悪な関係になっていたこと、直前にフレディのソロアルバム『Mr.Bad Guy』(1985年)が発売されたことは事実なものの、その直前にブランクがあったわけではなく、むしろ精力的にライブを行っていた時期の集大成としての、ライブエイドだったりします。

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Queen - Live AID 1985 Full Concert (Best Version) (HD)

またソロに関していえば、フレディ以前にロジャーがソロデビューをしており、この時点で既に2枚のソロアルバムをリリースしていました。そのため「フレディだけがソロ活動をした」というのも、映画オリジナルのストーリーです。

さらに余談を重ねますが、実はフレディはQueenとしてデビューする直前にラリー・ルレックスという名前でソロ作品をリリースしています。当然ながら全く売れず、すぐにQueenの活動がメインになったことは言うまでもありません。

話を戻し、続いて『The Works』とほぼ似たような方向性の12thアルバム『A Kind Of Magic』(1986年)がリリースされます。本作には4人の結束と世界の団結を歌った"One Vision"やアルバムタイトル曲の"A Kind Of Magic"、そして劇中、病院でエイズが判明するシーン使われたブライアン作曲の"Who Wants To Live Forever"が収録されています。

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Queen - Who Wants To Live Forever (Official Video)

歌詞といい曲調といい、フレディの死を予感させる曲ですが、この時点でもまだフレディはエイズを発症しておらず、このタイミングでこの曲が生まれたのは偶然です。この後、『A Kind Of Magic』を帯同する大規模なツアーを行います。このツアーの最後がフレディ最後のライブとなりました。

次にリリースされた13thアルバム『The Miracle』(1989年)は、第三の黄金期到来かというくらいに充実したアルバムに仕上がっています。この頃は時代的にヘヴィメタル/ハードロック全盛ということもあり、Queenのロックナンバーでは私が一番好きな”I Want It All”や、ドン・ヘンリーの”Boys Of Summer”に似ている”Breakthru”のようなハードロック調の曲が含まれています。

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Queen - I Want It All (Official Video)

『The Miracle』完成後すぐに制作に着手し、結果的にはフレディ存命時の遺作となったのが14thアルバム『Innuendo』(1991年)です。ここでは、ヘヴィ&ハード路線がさらに推し進められています。”Innuendo”や”Ride The Wild Wind”、”The Hitman”のサウンドが、Queenのキャリア史上最もヘヴィなアルバムという印象を強く残します。

フレディが亡くってから唯一リリースされた15thアルバム『Made In Heaven』(1995年)では、残された音源やソロの楽曲を再編集してまとめたという特殊な制作背景から、90年代らしいサウンドのバラードやポップナンバーの印象が強い作品となりました。本作には日本でも人気が高い"I Was Born To Love You"や"Too Much Love Will Kill You"、一時期CMに使われていた"It's A Beautiful Day"などが収録されています。

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Queen - Too Much Love Will Kill You (Official Video)

2:多彩すぎて模倣不可能な独自性

ドラマやCMで使われた曲を知っている程度の一般の方々は、Queenに対してどんなイメージを持っているのでしょうか?

"Bohemian Rhapsody"や"We Are The Champions"のようなオペラティックでドラマティックなイメージ、あるいは”We Will Rock You”や”Keep Yourself Alive”のようなロックなイメージ、はたまた"Don't Stop Me Now"や"I Was Born To Love You"のようなキャッチーでコマーシャルなイメージでしょうか。

Queenファンである私にとってQueenは、聴けば聴くほど「掴みどころがない」という印象が増していく不思議なバンドです。それは以下のような複合的な理由によります。

  • 約20年以上のキャリアがある
  • 15のオリジナルアルバムをリリースしている
  • 時代とともに音楽性を変えている
  • 全然違うタイプの曲でも代表曲になっている
  • メンバーが別々に作曲している
  • それ故にアルバムの中でも楽曲の振り幅が広い

Queenのアルバムをすべて聴けば、ロックを基調としながらも、クラシック、オペラ、ブルース、ジャズ、ファンク、ワルツ、ラテン、カントリー、プログレ、メタル、ピアノロック、アコースティックギター、映画音楽から国家のカバーと、本当に様々なタイプの楽曲に挑戦していたことが分かります。

このような掴みどころのなさは、彼らの個性になると同時に、特定のシーンに属さず、サブジャンルも作らず、明確なフォロワーもいないという現象にも繋がっています。

通常、Queenほどの成功を収めたバンドが出てくると似たようなスタイルのバンドが登場し、新しいシーンやサブジャンルが形成されます。

"Bohemian Rhapsody"が9週連続全英No.1という歴史的なヒットを記録したのなら、その影響を受けてオペラ風の曲を演奏したり、『A Night At The Opera』のようなアルバムを作ったりするフォロワーが出てきてもおかしくありません。Queenを中心としたムーブメントが起こり、シーンを形成し、サブジャンル化するのが、ロックの世界でよくある光景です。しかしQueenの場合、そうはなりませんでした。

例えば50年代のロックンロールに強く影響を受けた似たような音楽性でほぼ同時期に登場したThe BeatlesThe Rolling StonesThe Whoなどは、ブリティッシュ・インヴェイジョンというムーブメントとして括られ、その影響力の大きさから数多くのフォロワーを生み出しました。例えば初期Cheap TrickThe Beatlesのフォロワー、初期AerosmithThe Rolling Stonesのフォロワーという存在でした。また60年にアメリカで勃興したガレージロックのムーブメントも、ブリティッシュ・インヴェイジョンに憧れた若者たちによって作られたものです。そのガレージロックが、パンクのルーツとなっていきます。

このような現象はロックの生態系を作る基本的なメカニズムです。ブリティッシュ・インヴェイジョンに限らず、ロックの創成から現代に至るまで繰り返し発生してきたことです。

Led ZeppelinBlack Sabbathはブリティッシュ・ハードロックとして括られてハードロックやヘヴィメタルの始祖となりました。デヴィッド・ボウイとともにグラムロックは発展しました。Pink FloydKing Crimsonによってプログレッシブロックというジャンルが勃興しました。Sex PistolsThe Clashがパンクのトレンドを起こし、イギリスのロックシーンを変貌させました。Judas PriestやIron Maidenがハードロックをヘヴィメタルとして再定義しました。The Stone Rosesマンチェスタームーブメントの中心となり、後続バンドであるOasisBlurブリットポップ旋風を巻き起こしました。NirvanaPearl Jamグランジの時代を作り、ロックシーンの風景を一変させました。Kornオルタナティブとメタルの橋渡しをするニューメタルというサブジャンルを作り出しました。ニューメタルに人々が飽き始めたころ、The StrokesWhite Stripesがシンプルなロックンロールを提示し、ロックンロールリバイバルを先導しました。

いずれも、中心的なバンドがシーンを形成し、フォロワーを引き連れてサブジャンルやムーブメントを作るというメカニズムの中で起こった現象です。

しかしQueenは、このようなロック進化論に組み込まれていない突然変異種であり、関わり合うムーブメントや、Queenに連なる系譜、サブジャンルが存在しません。その最大の理由が、音楽的に掴みどころがなく、そのスタイルが模倣しにくかったからでしょう。

後述するように、Queenに影響を受けたアーティストはジャンルを超えて多岐に渡り、楽曲単位ではQueenのいずれかの曲に似せた曲を作ることは可能です。そしてそれは、これまでも数多く行われてきました。

しかし、音楽性の核が曖昧で、フレディの声、ブライアンのギター、4人のコーラスだけがQueenの個性だったという特性故に、Queenのエッセンスを取り入れることはできても、Queenと似た音楽スタイルを作ることは非常に難しいのです。

90年代になって70年代の音楽を再評価する機運が高まり、アメリカのJellyfishやオランダのValensiaのような、明らかにQueenを意識したアーティストも登場するようになりました。しかし彼らも、Queenのエッセンスを取り込んでいるだけで、スタイルそのものがQueenっぽいというわけでもありません。

Queenの成功や影響力を考えると、現在に至るまでのフォロワーの少なさは異常です。しかしどのシーンにも属さず、フォロアーがほとんど存在しないからこそ、Queenは今も唯一無二の孤高の存在になっているように思います。

掴みどころがないことは彼らの強みです。だからこそ色々な切り取り方が可能になり、その結果ジャンルを超えた人気に繋がります。また、音楽性に明確な軸がないからこそ、マンネリズムとは無縁で、才能が枯渇するような音楽的なスランプも起こりにくく、キャリアを通じて安定して代表曲といえる楽曲を生み出すことができたのかもしれません。

3:メンバー全員がヒットメイカ

映画はフレディを主役にしているため、当然映画の主な視点はフレディとその他3人という構図になっています。劇中ではフレディがメンバーと対立した際に「俺がいなかったらお前らはミュージシャンになっていなかった」といった類の発言をするシーンがありますが、実際のQueenはフレディの独裁的なバンドではなかったようです。

初期においてサウンドの主導権を握っていたのは主にフレディとブライアンであり、事実上2頭体制のバンドだったといえます。ブライアンに関しては、Queenのキャリアを通じてギター以外にリードヴォーカルも積極的に取っています。

映画の中では4人それぞれが曲を作っていたシーンも描かれていますが、フレディとブライアンの後を追いかけるように、ベーシストのジョン・ディーコンとドラマーのロジャー・テイラーもメキメキとソングライターとしての頭角を現していきました。

劇中でも出てくるアメリカにおけるQueen最大のヒット曲”Another One Bites The Dust”はジョンの曲です。そして劇中のライブエイドで演奏され、レディー・ガガのアーティストネームの由来となった"Radio Ga Ga"はロジャーの曲です。

実は、このように4人バラバラに作曲してそれぞれが代表曲を持っているというのは、ロックバンドとしては珍しいケースといえます。

例えばThe Beatlesは、レノン/マッカートニー以外にも、ジョージ・ハリスンが"While My Guitar Gently Weeps"、"Here Comes the Sun"という人気曲を作っています。しかし全体の傾向としては寡作です。さらにリンゴ・スターに関しては5曲くらいしか作っていません。彼の代表曲として"Octopus's Garden"をすぐに思い出せる人は少ないでしょう。やはりThe Beatlesは事実上、レノン/マッカートニーによる強力な2頭体制のバンドだったといえます。

The Rolling Stonesもほぼジャガー/リチャードの2頭体制のバンドです。一方、Led Zeppelinのクレジットにはペイジ/プラント以外に、ジョン・ボーナムジョン・ポール・ジョーンズの名前も出てきます。しかし彼らの場合、それぞれがバラバラに曲を作るというより、共作して作っていることが多かったようです。

後年のバンドではGuns N' Rosesが複数のメンバーがそれぞれ曲作りを行いそれぞれ代表曲があるという比較的Queenに近い作曲スタイルでしたが、メンバーの移り変わりが激しく、曲作りに参加していないメンバーもいたりするので、単純にQueenと比較しにくいところがあります。

このように考えていくと、多くのロックバンドは中核となる1~2名のメンバーが曲を作る編成であるのに対して、Queenのように4人全員がバラバラで作曲し、それぞれがそれなりの数の曲を作り、しかもバンドを代表するヒット曲を持っている、さらに言えばフレディ存命中のキャリアを通じてメンバーチェンジが一切なかった、というのはやはり他に例を見ない珍しいパターンと言えます。

劇中では、1985年のライブエイド出演を決める直前のメンバー間の和解条件として、クレジットを4人にすることが提案されていました。しかし実際には、ライブエイド後にリリースされた"One Vison"という曲でこれが実践され、アルバム単位では1989年の『The Miracle』からQueen名義になります。

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Queen - One Vision (Extended) 1985 [Official Video]

ちなみにこれ以前に4人の名前がクレジットされている曲には3rd『Sheer Heart Attack』収録の"Stone Cold Crazy"、Queen名義となっている曲にはデヴィッド・ボウイとのジャムセッションから生まれた"Under Pressure"があり、まったく前例がないわけではありません。

それはともかく、実際には楽曲ごとに原案を作ったメンバーがいるにも関わらずクレジットをQueen名義にしたのは、それぞれのメンバーが高い作曲能力を持ち、十分な実績を残し、お互いを認め合っていたため、もはや自分のクレジットに固執する必要がなかった、ということも大きな理由としてあったのでしょう。

劇中のセリフにも出てきましたが、それ以前は、クレジットによって印税の分配で対立したり、自分が作った曲じゃないと積極的に関わらない傾向があったりしたとも言われています。長いキャリアの中で彼らも成長し、成熟していったことが「全員クレジット」という事柄一つからも想像できます。

ちなみに私がソングライターとして最も好きなのは、実はジョン・ディーコンです。

Queenに最後に参加したメンバーであり、劇中でもフレディがメンバーと対立した際、ブライアンやロジャーには強い口調で非難しながら、ジョンにはあまり強く言わなかったシーンが出てきますが、メンバーの中で最も穏やかで、メンバーの緩衝材にもなった人物と言われています。彼に関してはベースのテクニックというより、穏やかな人格で採用されたという逸話もあります。

このようなエピソードを知るとますますジョンは天才たちの中の凡人のように思えるかもしれませんが、遅ればせながら開花した彼の作曲センスからは、フレディやブライアン、ロジャーとは異質の天才性を感じ取ることができます。

大ヒットした"Another One Bites The Dust"や"I Want To Break Free"はもちろんのこと、それだけでなく、"You're My Best Friend"、"Spread Your Wings"、"Need Your Loving Tonight"、"I Want to Break Free"、"You And I"、"Who Needs You"、"If You Can't Beat Them"、"In Only Seven Days "、"My Life Has Been Saved"、"Friends Will be Friends(フレディとの共作)"など、彼が作った楽曲群は、穏やかなキャラクターが滲みでた優しいメロディが光る隠れた名曲の宝庫です。

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Queen - Spread Your Wings (Official Video)

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Queen - Friends Will Be Friends (Official Video)

彼だけヴォーカルを取れなかったなどの理由もあり、フレディ 、ブライアン、ロジャーと違って、ジョンはソロアルバムを出していません。また彼はフレディが亡くなった後、その喪失感から事実上引退してしまい、表舞台には出てこなくなりました。ポール・ロジャースやアダム・ランバートを擁したツアーにもジョン・ディーコンは参加していません。あまり自己主張をしない穏やかなジョンが頑なに拒み続けるほど、フレディの死はショックだったのかもしれません。

このような経緯やキャラクターもあって、どうしても影が薄い存在になってしまうジョン・ディーコンですが、私としては、ソングライターとしての彼の非凡な才能にもっとスポットライトが当たったらなぁ、などと思ったりします。

4:日本との繋がり

洋楽アーティストが来日して雑誌やテレビの取材を受けると必ず「日本は特別」「日本は素晴らしい」と口を揃えて発言します。また日本のメディアもこういった発言を引用して、彼らがまるで大変な親日家であるかのように報道します。素直でない私などは「はいはい、リップサービスね」とつい思ってしまいます。

実はQueen親日家として知られています。その理由として「Queenは本国よりも先に日本で人気が出た」などと言われたりもします。しかしこれは本当なのでしょうか?

映画ではQueenはデビューしてすぐ成功したかのように描かれていますが、デビューアルバム『Queen』はリリースされた1973年の時点では、イギリスではチャートインしませんでした。一方アメリカでは83位ながらも、一応チャートインしています。イギリスでは批評家から批判的なレビューをされることが多かったものの、アメリカでは比較的好意的に評価されたという話もあります。つまりデビュー時点では、アメリカの方が人気が先行していたと考えられます。

続く1974年の『Queen II』で、彼らはイギリスで本格的にブレイクし、チャートの5位にまで上り詰めます。相変わらず批評家からは辛らつな評価を受けていたそうですが、少なくとも商業的にはそれなりに成功していたことになります。一方、日本のオリコンチャートでの順位は26位止まりだったことから、「Queenは本国よりも先に日本で人気が出た」というのは事実でないと考えられます。

ただし、日本の音楽メディアがかなり早い段階でQueenに目をつけていたこと、そして劇中でも「次は日本に行く」というセリフがあったように、Queenにとって日本は特別な場所であったことは事実のようです。

Queenが初来日したのは1975年4月、ちょうど『A Night At The Opera』の制作が始まる直前です。本国で”Killer Queen”がヒットした後で、当時の来日アーティストとしては最大級の全国8カ所ものライブ日程が組まれました。本人たちもある程度の人気は予想していたでしょうが、一説には約2,000人とも3,000人ともいわれるファンが羽田空港に待ち構えており、髪を引っ張られる、靴がなくなるなどの大騒ぎになりました。また自分たちはロックバンドだと思っていたQueenは、こういったアイドル的な扱いを受けたことにとても驚いたそうです。

以下の初来日公演のライブ映像を観ても、その歓声の「黄色さ」がよく分かります。

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Queen - Live At The Budokan, Japan 1975

このような状況を作り出したのは音楽雑誌の影響が大きく、特に現在は廃刊となっている『Music Life』誌は、デビュー当時からQueenを大々的に取扱い、特集を組んでいました。Led ZeppelinDeep Purpleなど、洋楽のロックは全般的に男性ファン主導であることが多い中、華やかなルックスとドラマティックで煌びやかな音楽性のQueenには女性ファンが多くつき、アイドル的な人気を集めました。セールス面でも当時日本で絶大な人気を誇っていたDeep Purpleを上回るようになっていたといわれています。

このように、遠く離れた日本で熱烈に歓迎されたことに感激した彼らは、1976年リリースの『A Day At The Race』のアルバム最終曲として、ブライアン作曲の日本語を含む美しいナンバー" Teo Torriatte (Let Us Cling Together) "を収録しました。

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Queen - Teo Torriatte (Let Us Cling Together) - (Official Lyric Video)

日本人が聴いても違和感がない自然な日本語のサビを持つ感動的なこの曲は、その後日本でライブをするときの定番となり、東日本大震災の後にリリースされたチャリティアルバム『Songs For Japan』にも提供されています。

なお、Queenが日本での扱われ方に感激したのは、本国における評論家の辛辣なレビューと契約上のトラブルで疲れていたから、という説明がなされることがあります。特にマネジメント事務所トライデントとの契約トラブルは深刻で、『Queen II』『Sheer Heart Attack』で商業的にそれなりに成果を上げながら、彼らにほとんどお金が入らない契約になっていました。"Killer Queen"がヒットしたにも関わらず、楽器や衣装を買う費用すらなかったとも言われています。

『Sheer Heart Attack』の後にトライデント社とは袂を分かちますが、同社の社長ノーマン・シェフィールドに対する恨み辛みを歌った”Death On Two Legs”という曲が、『A Night At The Opera』のオープニングナンバーとして収録されています。そしてこの時から、彼らの契約専門の顧問弁護士に就いたのが、劇中でフレディに「マイアミ」といじられているジム・ビーチです。

話を戻し、日本と何かと縁があるQueenですが、メンバーの中でも特にフレディは日本びいきが強かったと知られており、初来日後の英国における地元紙のインタビューでは日本の着物で取材を受け、自宅には日本間や日本庭園を造っていました。

また新宿二丁目には「九州男」というフレディ行きつけのゲイバーがあり、来日公演のたびに「ただいま」といってお店に訪問していたそうです。劇中では窓辺でメアリーと電話をするシーンで、着物のような派手なデザインのガウンを着ていますが、おそらくフレディの日本趣味を反映させた演出と考えられます。

なお、フレディのみならず、" Teo Torriatte (Let Us Cling Together) "を作曲したブライアン・メイも日本と縁が深く、例えば1986年には歌手の本田美奈子のアルバムプロデュースと楽曲提供を行っています。これは本田美奈子が武道館ライブのオープニングで、当時はフレディのソロ曲だった”I Was Born To Love You”を歌うのを聴き、自分がプロデュースしたいと言い出したのがキッカケだそうです。

日本におけるQueen人気はフレディ没後も続き、2004年には木村拓哉主演のドラマ『プライド』にQueenの楽曲が大々的に使われ、人気が再燃します。この時にヒットしたのが『Made In Heaven』に収録されているQueen版の”I Was Born To Love You”です。

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Queen - I Was Born To Love You - 2004 Video

この曲は元々はフレディのソロアルバム『Mr. Bad Guy』の収録曲で、その時もCMに使われた、日本では人気があった曲です。”I Was Born To Love You”はドラマの後もテレビCMなどで使われました。そのため日本ではQueenの代表曲といえるほど浸透していますが、これは日本だけの現象でもあります。例えばQueen+アダム・ランバートの来日公演では必ず”I Was Born To Love You”を演奏していますが、一方で海外ではほとんど演奏されていません。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見て、「あれ?あの曲出てこないの?」と思った人もいたかもしれません。もちろんライブエイドで終わるという時間軸の問題もありますが、海外ではQueenの代表曲という扱いは受けておらず、それ故に映画では触れられなかったという側面もあるでしょう。

※と思っていたのですが、ソロアルバムの作曲シーンで”I Was Born To Love You”の断片が使われていました。エンドロールにも曲名がリストアップされていました。”I Was Born To Love You”が出てこないというのは誤りで、見落とすくらいに扱いが小さい、の方が正確です。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』は日本でもヒットしており、サントラは11月18日のオリコンデイリーランキングで首位を記録しました。このように、2018年現在でもその人気はまだまだ衰えることを知らず、日本のQueen人気はこれからもまだまだ根強く残っていくものと考えられます。

5:数多くのアーティストへの影響

偉大なロックバンドは皆、解散したり、ピークを過ぎたりした後も、後続アーティストに多大なる影響を与えるものです。

そういう意味では、Queenほどに成功したアーティストが、今でも多くのアーティストに影響を与えているということは、さほど不思議なことではありません。ただそれでも彼らの偉大さの証明として、この点に触れないわけにはいかないでしょう。

Queenの活動の中心は70年代~80年代ですが、その影響は現在進行形で、21世紀以降も全く衰えていません。その証拠に、21世紀に入って成功したアーティストの口から、頻繁にQueenの名前が出てきます。

2000年代後半に登場して一躍トップアーティストとなったレディー・ガガはその筆頭といえるでしょう。彼女のアーティストネーム自体が"Radio Ga Ga"をモチーフにしていることからもQueenの影響下にあることは明らかです。アルバム『Born This Way』(2011年)収録の"Yoü And I"では、念願であったブライアン・メイとの共演を果たしました。(ちなみにこれはQueenの"You And I"とは違う曲で、カバーではありません)

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Lady Gaga - Yoü And I

また2014年にはQueen+アダム・ランバートのライブに飛び入りし、"Another One Bites The Dust"を共演しています。さらに、ポール・ロジャースに代わる次のヴォーカル候補として、ブライアン・メイの口からレディー・ガガの名前が出たこともありました。

レディー・ガガと同時期に登場した、”California Girls”や”Fireworks”などの数多くのNo.1ヒット曲を持つ女性シンガーソングライターのケイティ・ペリーもまた、熱心なQueenファンとして知られています。特にフレディ・マーキュリーに心酔しており、映画の製作が発表された際にはメアリー役を熱望したという噂もあります。ケイティがプロデュースしたフレグランスには『Killer Queen』という名前が付けられており、そんなところからもQueenへの強い想いが伺えます。ライブでも"Don't Stop Me Now"などのQueenのカバーを披露しています。

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Don't Stop Me Now (Queen Cover) - Katy Perry

レディー・ガガケイティ・ペリーは音楽が似ているというより、同じエンターテイナーとしての精神性の面でQueenからの影響を受けたアーティストといえますが、音楽性の面でより直接的に影響を受けているアーティストも当然存在します。

『Drone』(2015年)が全米チャートでもNo.1を記録したMuseは、時に現代のQueenなどと呼ばれている英国のオルタナティブロックバンドです。ドラマティックな歌唱と分厚いコーラス、ヘヴィなギター、ダンサブルな楽曲が特徴で、そのサウンドには明らかな共通点が見受けられ、ブライアン・メイも彼らの高度な演奏力や楽曲センスを絶賛しています。ロンドンオリンピックの大会公式ソングとなった"Survival"や"United States Of Eurasia"などでは、Queenからの影響を特に強く感じます。

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Muse - United States of Eurasia (Live BBC Children In Need Rocks 2009) (High Quality video) (HD)

2007年にデビューし、アルバム『Life In Cartoon Motion』が世界中で大ヒットしたMikaも、当時Queenがよく引き合いに出されました。特に”Grace Kelly”の歌唱は、まるで生まれ変わったフレディ・マーキュリーのようです。

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MIKA - Grace Kelly

元々はエモパンクバンドとしてデビューしながら、『Death Of A Bachelor』(2016年)、『Pray For The Wicked』(2018年)が2作連続で全米No.1となり、いずれもロングセールスを記録しているPanic! At The Discoもまた、Queenに強い影響を受けながら成功しているロックバンドといえます。彼らはライブで"Killer Queen"や"Bohemian Rhapsody"をカバーしています。

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Panic! At The Disco - Bohemian Rhapsody (Live from Sydney for the American Music Awards)

2000年代初頭にデビューし、イギリスを中心に人気を博したハードロックバンド、The DarknessQueenの影響を色濃く受けたアーティストとして知られています。彼らは音楽性以外に、衣装やステージパフォーマンスでもQueenの影響を強く感じさせますが、特にヴォーカルのジャスティンは、プロになる前に地元のカラオケ屋で"Bohemian Rhapsody"を完コピして歌っていたというのは有名な話です。また2015年には、ロジャー・テイラーの息子であるルーファス・テイラーがドラマーとして加入しました。精神性やスタイルだけでなく、遺伝子レベルでQueenチルドレンと言えるバンドです。http://img.youtube.com/vi/tKjZuykKY1I/0.jpg
The Darkness - I Believe In A Thing Called Love (Official Music Video)

意外なところでは、Nirvanaカート・コバーンもまた、Queenのファンであったと言われています。

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Nirvana - Smells Like Teen Spirit

1994年4月5日、カートが猟銃で自分の頭を打ち抜いたときに残した遺書の中には、以下のような一文がありました。

For example when we're backstage and the lights go out and the manic roar of the crowd begins, it doesn't affect me the way in which it did for Freddie Mercury, who seem to love, relish in the love and adoration from the crowd, which is something I totally admire and envy.

バックステージに入り、ライトがすべて消え、聴衆の興奮した声が聴こえても、聴衆からの愛と憧れを喜び楽しんでいたフレディ・マーキュリーのように自分の心を動かすことはなかった。それができたフレディ・マーキュリーには本当に憧れるし、羨ましく思う

これとは別にカートが愛したアルバムを50枚ピックアップしたメモの中には『Queen II』が含まれていました。

つまりカートは、この世の最後に残す文章の中で引用したくなるほどにQueenやフレディのファンであったが、その一方でフレディのように振舞えない自分に苦しんでいたというわけです。

ロックの歴史を知る人にとっては、これは不思議なことに映るでしょう。なぜなら、90年代初頭に世界的にブレイクしたNirvanaは、それ以前のロックスターに対する痛烈なアンチテーゼとして登場したアーティストであり、80年代以前のメインストリームロックとオルタナティブロックの関係を逆転させ、ロックの主流をオルタナティブに変えた張本人といえる存在だからです。

その中心人物であるカートをもってしても、Queen、そしてフレディ・マーキュリーというのは認めざるを得ない存在だったと言えます。

Nirvanaとの関係でいえば、ドラマーのデイヴ・グロールも熱烈なQueenファンであることで知られています。デイヴ・グロールの現在のバンドであるFoo Fighterのライブをブライアンとロジャーが観賞したり、Foo Fighterのドラマーであるテイラー・ホーキンスのソロアルバムにブライアンやロジャーが参加するなど、バンド単位で交流する姿がしばしば目撃されています。

Nirvanaと同じく意外なところで言えば、Radioheadトム・ヨークQueenの影響を受けているアーティストの一人です。ロックの原体験はQueenで、ブライアン・メイに憧れていたとも語っています。また、Queenの"Crazy Little Thing Called Love"のカバーを披露したこともありました。

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Thom Yorke Jonny greenwood Crazy little thing called love

ここで紹介できるアーティストは極僅かですが、Queenに影響を受けたアーティスト、ファンを公言するアーティストはこれ以外にも数限りなく存在します。彼らの楽曲をカバーしたアーティストも、ジャンルを超えて幅広く存在しています。

このような事実からも、Queenの影響力は世界中のあらゆる現代音楽に及んでいる、と言っても決して言い過ぎではないでしょう。

6:フレディ存命時の最終作『Innuendo』

映画『ボヘミアン・ラプソディ』のエンドロールではまず"Don't Stop Me Now"が流れますが、それが終わった後、2曲目のイントロが始まった時、再度涙腺が決壊しそうになったQueenファンも多かったのではないでしょうか。

あの曲こそ、フレディ存命時の最終作『Innuendo』のエンディングを飾った名曲、"The Show Must Go On"です。

ご存知の通り、映画はライブエイドで幕を閉じます。フレディの病気や死といった悲劇ではなく、輝かしいQueenのキャリアを主題とするならば、スタジオワークのピークである"Bohemian Rhapsody"と、ライブ活動のピークであるライブエイドを中心に映画を構成するというのは、とても納得がいきます。

しかしその一方で史実としてQueenのキャリアを追うならば、フレディ存命時最終作である『Innuendo』に触れないわけにはいきません。

劇中では1985年のライブエイド前にエイズが判明することになっていますが、フレディの最期を看取り、劇中にも登場した恋人ジム・ハットンによれば、1987年4月にエイズの陽性であると判明したとされています。当然ながらメンバーに告げられたのはライブエイド前ではなく、それより数年後、1989年にリリースされた『The Miracle』の制作中と言われています。

『The Miracle』完成時にツアーを行わないと断言し、すぐ『Innuendo』の制作に入った事実からも、既にフレディは危機的な状況であり、残された時間が少なかったことをメンバー全員が知っていたと想像できます。『The Miracle』では全曲がQueenのクレジットになり、メンバー4人が重なったようなアートワークも採用し、メンバーの結束を特に強調しているようにも感じますが、その状況をもたらしたのは、ライブエイドの成功以上にフレディの病だった可能性もあります。

この頃からフレディの異変をかぎつけたメディアによって、フレディがHIVに感染し深刻な状態になっていると報道されるようになり、そのたびにメンバーが否定することが繰り返されるようになりました。

そんな異様なムードの中、1991年2月5日に『Innuendo』はリリースされました。本作制作時点でフレディは相当に衰弱し、立つことすらままならなかったそうですが、そんな状態であったとは思えない、挑戦的で意欲的な作品に仕上がっています。

『Innuendo』はまず、6分を超える大作"Innuendo"から始まります。

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Queen - Innuendo (Official Video)

この曲の大作志向は『Queen II』や『A Night At The Opera』の作風を思わせます。しかしこの曲に懐古主義的な印象は希薄です。Black Sabbathを思わせるヘヴィリフにスパニッシュギターといった組み合わせが、これまでのQueenには存在しなかった新機軸だからでしょう。

ちなみにこのギターを弾いているのはイギリスの著名なプログレッシブロックバンドYesのギタリスト、ステーブ・ハウです。スタジオアルバムでゲストがギターを弾くのは、これがはじめてです。この曲は1991年1月14日、アルバムに先駆けてシングルカットされました。

"Innuendo"に続くダークな"I'm Going Slightly Mad"もまた、Queenの中で似ている曲が見つからない異質な曲です。Queenの有名曲しか知らない人は、この曲を聴いてもQueenの曲とは気付かないかもしれません。

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Queen - I'm Going Slightly Mad (Official Video)

この素晴らしい仕上がりの新境地は、『Innuendo』リリース後の3月4日にシングルカットされました。衰弱していたフレディの様態を隠すためか、ミュージックビデオは全編白黒で、フレディにはかなり濃い化粧が施されていました。

このように『Innuendo』のオープニング2曲は、Queenとしては異質なほど重苦しく、かつてないタイプの曲で始まりますが、本作にはそういった楽曲ばかりが収められているわけではありません。

"Headlong"、"I Can't Live With You"、"Ride The Wild Wind"、"The Hit Man"はロックバンドQueenらしいエネルギッシュなロックナンバーです。そして映画にも登場するフレディの愛猫デライラのことを歌った"Delilah"は可愛らしい小曲です。かと思えば、『A Night At The Opera』収録の大作"The Prophet's Song"の続編ともいえる雰囲気の"All God's People"なども収められています。このように『Innuendo』には、新機軸を交えながらも、Queenのアルバムらしいバラエティに富んだ作品に仕上がっています。

このように充実した楽曲群の中で、本作にはQueenファンに特に愛されている2曲が存在します。その一つが、"These Are The Days Of Our Lives"です。

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Queen - These Are The Days Of Our Lives (Official Video)

フレディの死後に再リリースされた"Bohemian Rhapsody"のシングルB面にも収録されたナンバーで、クレジットはQueen名義ながら、実際はロジャー・テイラーが主導して作った曲です。「輝ける日々」とい邦題が示す通りの美しい曲の印象もさることながら、この歌詞はフレディからこの世界に向けての別れのメッセージのように読め、心に優しくも深く突き刺さってきます。

These are the days of our lives
They've flown in the swiftness of time
These days are all gone now but some things remain
When I look and I find, no change
Those were the days of our lives, yeah
The bad things in life were so few
Those days are all gone now but one thing's still true
When I look and I find, I still love you
I still love you

それは僕らの輝ける日々
それは時の移り変わりの中で流れていった
すべては過ぎ去ってしまったけど、残っていることもある
振り返ってみると分かるんだ、何も変わってないことを
あれは僕らの輝ける日々
人生に悪いことはほとんどなかった
あの日々は過ぎ去ってしまったけど、1つだけ真実が残っている
振り返ると分かるんだ、まだ君を愛していることを
まだ愛しているよ

そして『Innuendo』の中で特にファンに愛されているもう一曲が、先ほど紹介した、映画のエンドロール2曲目で流れてくる"The Show Must Go On"です。

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Queen - The Show Must Go On (Official Video)

ブライアン・メイが原案を持ち込んだこの曲は、フレディに寄り添いながら歌詞を作りレコーディングしたと後年、ブライアン自身によって語られています。

初期のデモではキーが高く、デモ版の歌入れをしたブライアンはファルセットを駆使しながら歌っていました。このように技術的に非常に難しい曲であるため、病がかなり進行したフレディには難しいかもしれないとブライアンは考えていたそうです。しかしフレディはこのブライアンからの挑戦を受け入れ、ファルセットを使うことなく、フルボイスで歌い切ることに成功しました。

このような背景を知った上で"The Show Must Go On"を聴くと、「これは本当に立つこともできない病人の声か?」と驚くことでしょう。"The Show Must Go On"には、文字通り命を削って歌ったフレディの気迫が刻み込まれているのです。

さらにこのような制作秘話を知った上で"The Show Must Go On"の歌詞を読めば、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を締めくくるのはやはりこの曲しかないと、多くの人が納得することでしょう。

Empty spaces.
What are we living for?
Abandoned places.
I guess we know the score.
On and on.
Does anybody know what we are looking for?
Another hero,
Another mindless crime
Behind the curtain
In the pantomime.
Hold the line.
Does anybody want to take it anymore?

Show must go on.
Show must go on.
Inside my heart is breaking.
My make-up may be flaking.
But my smile still stays on.

Whatever happens,
I'll leave it all to chance.
Another heartache,
Another failed romance.
On and on.
Does anybody know what we are living for?
I guess I'm learning.
I must be warmer now.
I'll soon be turning 'round the corner now.
Outside the dawn is breaking,
But inside in the dark I'm aching to be free.

Show must go on.
Show must go on.
Inside my heart is breaking.
My make-up may be flaking.
But my smile still stays on.

My soul is painted like the wings of butterflies.
Fairytales of yesterday will grow but never die.
I can fly, my friends.

Show must go on.
Show must go on.
I'll face it with a grin.
I'm never giving in—
Oh—with the show.
I'll top the bill,
I'll overkill.
I have to find the will to carry on with the show.
On with the show.
Show must go on.

虚しい空間
僕たちはなんのために生きているのか?
見捨てられた場所
僕らは真実を知るだろう
この先も続く
僕らが探しているものが誰に分かるだろう?
新しい英雄が
新しい心無い罪が
カーテンの後ろにいる
パントマイムをしながら
後には引かない
誰がこれ以上望むだろうか?

ショウを続けなくてはならない
ショウは続くんだ
心の奥は傷つき
メイクが剥がれ落ちても
僕は笑顔を見せ続けるだろう

何が起きようとも
すべてを運にまかせるだろう
もう一つの心の痛みも
もう一つの失われたロマンスも
ずっと続いていく
僕らがなんのために生きているのか誰に分かるだろう?
僕は学びを得ている
今は以前よりも暖かくなれる
まもなく僕は曲がり角を迎える
外では夜が明けようとしている
でも心は自由になることを求め、闇の中にいる

ショウを続けなくてはならない
ショウは続くんだ
心の奥は傷つき
メイクが剥がれ落ちても
僕は笑顔を見せ続けるだろう

僕の魂は蝶の羽のように彩られ
昨日の物語は次に向かい、決して死なない
友よ、僕は飛べる 

ショウを続けなくてはならない
ショウは続くんだ
笑みを浮かべて立ち向かう
決して負けない
このショウとともに
僕は主役を演じるだろう
そして徹底的にやるだろう
ショウを続ける意思を見つけなければならない
ショウのはじまりだ
ショウは続くんだ

『Innuendo』はその特殊な制作事情から、作品としての冷静な評価が難しいアルバムです。事実、Queenはもうピークを過ぎたバンドという印象を持っていた評論家からは、リリース直後には批判的なレビューもなされました。

しかし私自身は、フレディの遺作という事実を除いても、これはQueenのキャリア史上に残る名盤だと思います。それは上記の通り、非常に楽曲が充実していることと、音楽的にはやや保守的な傾向があった80年代Queenの流れを断ち切るように、挑戦的で攻撃的な作風を志向し、それが成功しているからです。

ただそれでもやはり、フレディが死の淵にいながらこれを作ったという意識は働いた上での評価なのかもしれません。しかしそうであるならば一層、映画を観た人にもその制作背景を知ってもらい、そのうえで『Innuendo』を聴いてほしいと思い、本作についてのみ別項目を立てて、詳しく解説してみました。

余談ですが、2016年にデヴィッド・ボウイが亡くなった時、私は『Innuendo』のことを思い出しました。

死のわずか2日前にリリースされた最終作『Black Star』は、それまでのデヴィッド・ボウイの作風とは明らかに異質な作風で、それでいて非常に質の高い、独特の緊張感を伴ったアルバムでした。

当然ながらデヴィッド・ボウイの死が迫っていることなどつゆ知らず、ただ先行リリースされた10分を超える大作"Black Star"に感動し、発売と同時にアルバムを聴いていました。それ故に、わずか2日後にデヴィッド・ボウイが亡くなったことは、熱心なファンではなかったにも関わらずかなりショックを受けました。と同時に、この一連の流れはQueenの『Innuendo』に非常に似ているとすぐに思いました。

デヴィッド・ボウイフレディ・マーキュリーも、自らの死を意識したときに、立ち止まるのでも過去を総括するのでもなく、さらに前進しようとし、その結果、過去に生み出した名作と遜色のない傑作を残して旅立って行きました。人は死を意識した時に、こんなに強い意思で何かを創造できるのかと、強く感動したわけです。

デヴィッド・ボウイの話が出たところでさらに余談を重ねますが、デヴィッド・ボウイQueenといえば、1981年にリリースされた"Under Pressure"で両者が共作・共演したことを真っ先に思い出しますが、実はこの時、"Under Pressure"以外にもいくつかのオリジナル曲をレコーディングしていたことが知られています。現在までこれらの楽曲はリリースされていませんが、今後新曲としてリリースされる日が来るかもしれません。また、Queenデヴィッド・ボウイの関係はこの時が初めてではなく、両者がまだそれほど有名でなかった60年代の時点から面識があったようで、フレディが当時お金がなかったデヴィッドに靴を与えたことがある、などという話も残っています。

余談に余談を重ねてしまい、よく分からない方向に話が向かってしまいましたが、とにかく、映画『ボヘミアン・ラプソディ』でQueenに関心を持った人には、是非フレディの遺作となったアルバム『Innuendo』を聴いてほしい、というのがここでお伝えしたかったことです。

そしてもしもう一度『ボヘミアン・ラプソディ』を観る機会があれば、是非エンドロールの2曲目、"The Show Must Go On"が終わるまでは席を立たず、制作背景と歌詞を噛みしめ、病で衰弱したフレディが力を振り絞ってスタジオで歌い上げる様を想像しながら、是非最後まで聴いてほしいです。

7:盛大な追悼コンサート

フレディがHIVに感染し重病であるいう話は、1986年ごろからイギリスのタブロイド紙などで報道されはじめ、1990年頃から加速しました。そしてバンドはそのことをずっと否定し続けました。『Innuendo』後にリリースされたミュージックビデオのフレディはいずれも非常に痩せ細っていますが、その容態は急激に悪化し、6月ごろには視力も失ったと伝えられています。フレディの家に定期的に訪問して看病をしていたメアリーによれば、フレディは薬を拒否し、鎮静剤だけでの治療を選択したそうです。

10月14日に公開された"The Show Must Go On"のミュージックビデオでは、ついにフレディが登場せず、過去映像を再編集した総集編のような仕上がりになったため、報道に拍車がかかっていきました。

そして11月22日、ジム・ビーチと協議したうえで、プレスに対してエイズの陽性である声明を出します。衝撃的な報道となったであろうそのわずか24時間後の11月24日、フレディは息を引き取り、11月25日にフレディの死が公表されました。11月27日には葬儀が行われ、家族の他に、メンバーやエルトン・ジョンなどが出席し、アレサ・フランクリンによって礼拝堂に運ばれました。

しかし、フレディの死からわずか約5か月後、Queenは再びステージに立ちました。それが1992年4月20日、ライブエイドの舞台と同じウェンブリー・スタジアムで開催された『フレディ・マーキュリー追悼コンサート』です。

開催が発表された時点で出演アーティストが公開されていなかったにも関わらず、7万枚のチケットは2時間で完売しました。ライブは日本を含めて、世界76カ国で放送されました。またこのライブはチャリティーコンサートでもあり、メディアやスタッフも有料とし、そうして集まった収益の全てが、残りのメンバーやジム・ビーチを中心に立ち上げたエイズ慈善団体「ザ・マーキュリー・フェニックス・トラスト」に寄付されました。

このライブは、出演者たちによるライブを中心とした前半と、Queenのメンバーがゲストヴォーカルと共にQueenナンバーを演奏する後半の二部構成になっているのですが、必見はQueenのメンバーが超豪華なゲストを迎えてQueenナンバーを演奏した後半です。

その後半部分のセットリストと、Queen以外の出演者は以下の通りです。 

  1. "Tie Your Mother Down" by ジョー・エリオット(Def Leppard)&スラッシュ(Guns N' Roses)
  2. "Heaven and Hell"(intro)~"Pinball Wizard"(intro)~"I Want It All" by ロジャー・ダルトリーThe Who)&トニー・アイオミ(Black Sabbath
  3. "Las Palabras de Amor" by ズッケロ
  4. "Hammer to Fall" by ゲイリー・シェローン(Extreme)&トニー・アイオミ(Black Sabbath
  5. "Stone Cold Crazy" by ジェイムス・ヘットフィールド(Metallica)&トニー・アイオミ(Black Sabbath
  6. "Innuendo" (including parts of "Kashmir")~"Thank You" (intro)~"Crazy Little Thing Called Love" by ロバート・プラントLed Zeppelin
  7. "Too Much Love Will Kill You" by ブライアン・メイ&スパイク・エドニー
  8. "Radio Ga Ga" by ポール・ヤング
  9. "Who Wants to Live Forever" by シール
  10. "I Want to Break Free" by リサ・スタンスフィールド
  11. "Under Pressure" by デヴィッド・ボウイアニー・レノックス(Eurythmics)
  12. "All the Young Dudes" by イアン・ハンター(Mott The Hoople)、デヴィッド・ボウイ、ミック・ロンソン、ジョー・エリオット(Def Leppard)&フィル・コリン(Def Leppard
  13. "Heroes" by デヴィッド・ボウイ&ミック・ロンソン
  14. "Lord's Prayer" by デヴィッド・ボウイ
  15. "'39" by ジョージ・マイケル
  16. "These Are the Days of Our Lives" by ジョージ・マイケル&リサ・スタンスフィールド
  17. "Somebody to Love" by ジョージ・マイケル
  18. "Bohemian Rhapsody" by エルトン・ジョンアクセル・ローズ(Guns N' Roses)
  19. "The Show Must Go On" by エルトン・ジョン&トニー・アイオミ(Black Sabbath
  20. "We Will Rock You" by アクセル・ローズ(Guns N' Roses)
  21. "We Are the Champions" by ライザ・ミネリ
  22. "God Save the Queen"

この時代のロックを知る人なら、この豪華さに驚くことでしょう。今の私だったら、借金してでもこのライブに駆けつけたと思います。ちなみに後編を収めたビデオは、私が今までで一番たくさん観たライブビデオでもあり、若い頃は暇さえあればこれを観ていました。

このように錚々たるアーティストがQueenナンバーを歌う中、"'39"、" These Are The Days Of Our Lives "、"Somebody To Love"の3曲を担当したジョージ・マイケルのヴォーカルは、特に伝説的なものとなっています。"Somebody To Love"では「フレディが憑依した」とまで言われ、後にシングルがリリースされ、フレディの代役としてQueenに加入する噂まで流れるほどでした。

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Queen & Queen & George Michael - Somebody to Love (The Freddie Mercury Tribute Concert)

ちなみに7曲目に演奏された"Too Much Love Will Kill You"は、後に『Made In Heaven』に収録される曲です。このライブで初披露され、その後ブライアンのソロアルバムに収録されました。私はこれはブライアンのソロ曲と思っていたため、『Made In Heaven』の収録曲が明らかになったときに「フレディが歌ったテイクがあったのか!」と驚いたものです。

上記以外にも、Youtubeにはこのコンサートの動画がいくつかアップされているようなので、気になるパフォーマンスがあれば是非検索してご覧になってみてください。 

8:Queenアダム・ランバート

フレディが亡くなった後、その遺産の多くはメアリー・オースティンに相続されたそうです。婚姻関係が破綻した関係であるにも関わらず、友人としてフレディを支え続けたその信頼関係の強さが、この事実からもうかがえます。

劇中では終盤に登場する恋人ジム・ハットンもまた、フレディの最期を支えた人物です。彼との交際は1983年ごろにはじまったとされています。エイズであることが発覚した時、それを理由にフレディから別れを持ちかけられたそうですが、それを拒み、最後まで看病を続けました。彼はまた、おそらくフレディから感染したと思われるHIVのキャリアであったにも関わらず、フレディが亡くなるまでそのことを言わなかったそうです。ただし彼自身はエイズを発症せず、2010年に肺がんで亡くなりました。この一連の話は日本でも発売されている『フレディ・マーキュリーと私』という手記の中でも描かれており、メンバーとはまた違う視点から見たフレディを知ることができます。

1974年からQueenを支え続けた劇中の「マイアミ」ことマネージャーのジム・ビーチは、その後もQueenのマネージャーを継続し、以降のQueenの活動およびコンテンツの管理、Queenのミュージカルや映画の実現などに尽力しています。

そしてQueenのメンバーですが、フレディ・マーキュリー追悼コンサートの後、一時的に活動休止状態となりますが、すぐに活動を再開しました。

まず起こった大きな動きとして、『Made In Heaven』(1995年)のリリースがあります。日本でも人気の高い"I Was Born To Love You"などが収録された本作は、アウトテイクやデモ音源、各メンバーのソロアルバムの楽曲を再編集して作られた、やや特殊なアルバムです。これは未発表曲集や企画音源ではなく、正規のオリジナルアルバムとしてリリースされました。また、フレディの死後初めて発売されたアルバムということもあって、Queen史上もっとも高いセールスを記録したアルバムにもなっています。そして本作が、現時点での最後のQueen名義のアルバムです。

その後、1997年にブライアン、ロジャー、ジョンだけで"No One But You(Only The Good Die Young)"という楽曲をリリースします。この楽曲のレコーディングを最後にジョン・ディーコンは音楽業界から事実上引退してしまいます。なお、彼の最後のライブはフレディ・マーキュリー追悼コンサートです。

フレディとジョンを失ったQueenですが、その活動は21世紀に入っても活発に続きます。

2004年、Free~Bad Companyのポール・ロジャースを擁し、Queen+ポール・ロジャースとして世界ツアーを行い、アルバムまでリリースしました。ポール・ロジャースというのは実績も実力もあるベテランシンガーですが、ブルージーでソウルフルな彼の歌唱スタイルはフレディとはあまりにも異なっており、彼がQueenナンバーを歌うことに賛否両論ありました。

ちなみに私も違和感を覚えたタイプで、この時の来日公演には行きませんでした。ポール・ロジャース自体は嫌いではなくむしろ好きなタイプのヴォーカリストですが、やはり「Queenのヴォーカル?」という違和感が拭えなかったからです。

余談ですが、ポール・ロジャースといえば、FreeやBad Companyよりも『Now』というソロアルバムの方が好きです。このアルバムは本当に素晴らしいです。ストリーミングでも配信されているので、興味がある方は是非聴いてみてください。

ポール・ロジャースとQueenは2009年頃に活動を解消し、ブライアンとロジャーのQueenは再びヴォーカリスト探しに入りました。レディー・ガガなども候補にあがっていたようですが、より現実的なヴォーカリスト候補としてQueenの前に現れたのが、アダム・ランバートです。

アダム・ランバートは、アメリカの人気オーディション番組『アメリカン・アイドル』シーズン8(2009年)の準優勝者として有名になったソロアーティストです。『アメリカン・アイドル』はアメリカ国内に眠る実力者を多く発掘したオーディション番組で、ここからはケリー・クラークソンキャリー・アンダーウッド、クリス・ドートリー、デヴィッド・クックなど、その後アメリカを始め世界中のチャートを席巻するアーティストを多く輩出しています。

アダムの噂を聞きつけたロジャーとブライアンは『アメリカン・アイドル』シーズン8の決勝にバックバンドとしてゲスト出演しますが、その際、"We Are The Champion"を歌ったアダムを気に入り、直後にQueenの新ヴォーカリストとして勧誘しました。

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Adam Lambert & Queen We Are the Champions American Idol Finale

アダムはすぐに合流はせず、ソロアルバムをリリースしてキャリアを作るなどしながら、Queenへ合流するタイミングを見計らっていきました。

ちなみにアダム・ランバートはソロとしても十分な成功を収めたアーティストで、これまでにリリースされた3枚のアルバムは全米チャートで3位→1位→3位といずれも高い成績を収めています。個人的には、P!nkが楽曲提供した"Whataya Want From Me"、Museのマシュー・ベラミーが楽曲提供したドラマティックな”Soaked”、どことなく"Another One Bites The Dust"っぽい"Trespassing"あたりが気に入っています。

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Adam Lambert - Whataya Want from Me

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Adam Lambert - Trespassing (Official Lyric Video)

2011年から断続的にコラボレーションしていた彼らは、2014年にQueen+アダム・ランバートとして世界ツアーを始めました。この編成でこれまで二度来日しています。

当然ながら、ポール・ロジャース同様に、アダム・ランバートが参加したQueenにも否定的な声は多くあります。ネットでよく見かけるのは「フレディのようなカリスマ性を感じない」「フレディのカリスマは唯一無二で誰にもつとまらない」といった意見です。

でもそんな人には、是非この映像を見てほしいです。

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Queen + Adam Lambert - Bohemian Rhapsody (Live at Summer Sonic 2014)

これを観ても感動できないのなら、やはり彼らのライブを観る必要はないでしょう。でもQueenの音楽に魅了された人ならば、ほとんどの人がこの映像を観て感動するのではないでしょうか。

私も二度、Queen+アダム・ランバートのライブを観ています。フレディの影響を強く受けていると言われるアダムの歌唱は、実際に耳にするとそれほど似ているわけではありません。独特の滑らかさと艶やかさ、繊細さを併せ持ったフレディと比べると、アダムのヴォーカルは、より鋭く、高音で、強く、野性的ですらあるように感じました。

ただこのような歌唱スタイルの違いは、ライブ中はそれほど気にはなりませんでした。私はこれまでに300~400本くらいのライブを観てきましたが、その経験から控え目に言っても、Queen+アダム・ランバートのライブは最高でした。

フレディと同じくLGBTで中性的な雰囲気があり、ヴォーカルの実力は折り紙付きということ以外に、フレディへのリスペクトを前面に押し出しつつもアダムの個性も活かしたあらゆる演出が、非常に感動的だったからです。

アダムは時にフレディを思わせる立ち振る舞いをしながらも、フレディのコピーではなく、アダム・ランバートとしてQueenナンバーを歌っています。そこにはQueenとフレディに対する強いリスペクトを感じ取ることができます。フレディ派のQueenファンの多くも、ショウを観ればその考えを改めるでしょう。そしてフレディ亡き後もQueenの歴史を継承し、世界中にQueenの魅力を自らの声で伝えているアダム・ランバートに、感謝の気持ちすら起こるはずです。

フレディ・マーキュリーは間違いなくQueenの音楽的支柱、精神的支柱でした。にも関わらず、ブライアンもロジャーも「決してQueenは止めない」と断言し、現在もライブ活動を続けています。この強い意思はなぜ起こるのでしょうか?

完全な推測ですが、生前のフレディから、Queenの継続に関するなんらかの意思が示されたのでは、などと私は思っていたりします。あるいはフレディがハッキリとそう言わなくとも、ブライアンとロジャーは、Queenが続くことをフレディは望むはずだと、どこかで感じたのではないでしょうか。例えば"The Show Must Go On"は「Queenはまだ続く」という意味も込めて歌われたのではないでしょうか。

Queen+アダム・ランバートは、2018年現在も精力的にライブを行っています。ただし、この活動もこの先それほど長くは続かないと考えています。それはヴォーカリストや契約上の問題ではなく、ブライアンもロジャーも既にかなりの高齢になっているからです。

映画のヒットによってまた日本に来てくれることを願うばかりですが、来日するのは多くてもあと2回、もしかしたら次が最後になるかもしれません。

だからもし、次回の来日公演がアナウンスされたときには、「フレディとジョンがいないQueenなんて…」と思わず、是非チケットを取って観に行ってほしいです。アダム・ランバートも含めてその期待に応えるライブをきっと見せてくれると思いますし、なにより、QueenのメンバーによるQueenのライブが楽しめる機会は、残り僅かだと思うからです。

最後に

最後に、私のQueen歴について少しだけお話ししておきます。その出会いは1993年に遡ります。当時好きだったGuns N' RosesやMetallicaがライブでQueenをカバーしていたことから、アメリカ版の赤いジャケットのベストアルバムを購入したのがキッカケでした。

しかし実は、一聴した私の感想は「クセが強くてあまり好きなタイプではない」でした。特に中盤に配置された"Fat Bottomed Girls"と"Bicycle Race"が生理的に受け付けず、最後まで聴かずに途中で止めてしまいました。

それから半年ほどしたある日。CDショップでかかっていた"Don't Stop Me Now"に、心を鷲掴みにされてしまいました。家に帰り、改めてベストアルバムを最後まで聴き直し、「俺の耳節穴過ぎ!」「やはりQueenはスゴイ!」と思いなおし、Queenファンとして本格的に覚醒しました。

そこからはアルバイトで稼いだお金の大半を注ぎ込み、2~3カ月ほどで発売されていたアルバムの全てを揃えまいた。半年後には発売されていた公式ライブビデオの全てを手にしていました。その後はメンバーのソロアルバムも入手可能な範囲で追いかけました。3万円もしたCD10枚とDVD2枚がセットになったフレディ・マーキュリーのソロコレクションも発売日に購入しました。

ただし、私がQueenと出会った1993年は、フレディは既に亡くなっていた年です。そのため私はフレディ・マーキュリーがいる全盛期のQueenをリアルタイムで知りません。完全に後追いファンです。そして日本では非常に人気が高いQueenには、私なんかよりも熱心なファンが数多く存在しています。

そのため私自身は、「すごく詳しいQueenマニア」というよりは「まあまあ知ってるQueenファン」という立ち位置でおります。

マニアの方々からすれば、ここにアップしている文章は内容・熱量ともに至らないところが多いかもしれませんが、Queen教の信者がまた一人ネット上で布教活動してるな、と生温かく見守っていただけるとうれしいです。

また、事実関係で誤りがあればTwitterなどでURLを貼り付けてご指摘ください。発見次第、すぐに修正したいと思います。